プエブラは首都メキシコシティーから南東120km、メキシコ湾岸にある港町ベラクルスからは330kmのところに位置する観光都市です。プエブラ州の州都であり、人口は約4百万人です。古くは「天使の町」という意味の”プエブラ・デ・ロス・アンへレス”という名を持ち、天使を讃えるフランシスコ会の信仰からきているといわれています。
スペイン統治時代、ベラクルスから首都メキシコシティーへの商業の主要経路の途中に位置していたプエブラは、危険で疲れる長旅において最適な休息の場でありました。又、定住するために自由な土地を探していたスペイン人達にとっては理想的な場所でもあったのです。このようにして新しい都市として発展し1531年4月16日に建都され、プエブラはスペイン人の農業の町として生まれたのです。そしてテノチティトラン(現在のメキシコシティー)に続く都市とまで言われるようになったプエブラで、文化、芸術が壮麗に発展を遂げていったことはごく自然なことだったのです。
プエブラの町の中心にある教会、カテドラル。
プエブラの一番の見どころはやはり、スペインによる植民地時代からのコロニアルな町並みが残る中心街(セントロ)でしょう。ユネスコの世界文化遺産にも指定されていて、碁盤の目のように規則正しくそろっている道路を歩いていくと、タラベラ焼きで飾られた建物や、教会、博物館をはじめ、メキシコ独特の色鮮やかな民芸品を売っている土産物屋、プエブラ料理を出すお店の数々が並び、プエブラの全てが凝縮されています。
そのセントロの中心にあるのが、ソカロと呼ばれる広場です。週末になると、家族や友達などとのんびりとした時間を過ごしに来るたくさんの人で賑わいます。そのソカロの正面には市庁舎、反対側にはカテドラルと呼ばれる教会があります。
ソカロ正面に建つ市庁舎
プエブラのソカロ
プエブラのセントロの町並み
プエブラはメキシコ料理発祥の地といわれるほど、美味しく、創造性豊かな料理が多くあります。その中でも特にプエブラ料理として有名なのが、モーレ・ポブラーノやチレス・エン・ノガダなどです。
モーレ・ポブラーノは18世紀の植民地時代、プエブラの司教が、料理が美味しいことで有名だったある修道院へスペイン副王を招待することになり、今までに味わったことのないような料理で、その高貴な来賓を感動させよと言われた料理人が作り出したものでした。アニス、クローブ、シナモン、黒こしょう、にんにく、胡麻、アーモンド、ピーナッツ、などに加えメキシコ料理には欠かせない何種類もの乾燥とうがらし、そして最後には、メキシコ原産のチョコレートと、一つ一つを丁寧に挽いてソースを作り、それを修道院内で大切に飼育していた七面鳥の肉の上にかけ、振る舞いました。このモーレは招待客を大変喜ばせ、すぐにプエブラ各地の修道院に広まりそれぞれの味を作り出していったということです。
チレス・エン・ノガダはチレ・ポブラーノと呼ばれるとうがらしに挽肉、レーズン、プルーン、干しあんず、もも、りんご、バナナなどの果物と香辛料を混ぜた具を詰め、衣をつけて揚げた後、挽いたクルミのクリームソースをかけ、最後に飾りとして赤いざくろの実とパセリを散らします。ソースの白、ざくろの赤、パセリの緑がメキシコの国旗を表しています。クルミが多く出回る時期になると、プエブラのレストランではどこでもチレス・エン・ノガダの看板が出されます。
この他にもさまざまなプエブラの郷土料理があり、どの料理もやはり、プエブラのタラベラの陶器に盛り付けられると、一層華やかに味のあるものとなり、舌ばかりでなく心も満足できる時間が過ごせるのです。
プエブラの名物、モーレ・ポブラーノ
赤、白、緑と国旗を表すチレス・エン・ノガダ
プエブラから北西12キロのところに、チョルーラという町があります。ここは、1519年エルナン・コルテスのスペイン軍に征服されるまでは、トラチウアルテペトゥルと呼ばれる大神殿を中心にする大都市でした。現在のチョルーラはその先住民の大都市の廃墟の上に建てられたものなのです。チョルーラには何百といわれるカトリック教会があり、それは先住民の神殿や館などが壊された上に建てられていて、スペイン軍の先住民征服の象徴としてみることができます。そして、その最も象徴的なのが巨大なトラチウアルテペトゥル神殿のピラミッドの頂上に建てられた教会です。このピラミッドは、現在は内部を見学する地下道が設けられ、当時の複雑な造りを生み出した高度な技術を見ることができます。
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